糖尿病の治療薬
-第6回 インスリン療法-その1
インスリンの歴史
第1回から第5回までは、経口糖尿病薬による治療法について紹介いたしましたが、今回は、インスリン療法について取り上げてみたいと思います。
インスリンがすい臓から分泌される血糖値を低下させるホルモンであることは、よくご存知かと思います。では、そもそもインスリンがどのように発見されて今日に至っているかご存知でしょうか。インスリン療法の話に入る前に、まずはインスリンの歴史について、触れてみましょう。
1889年ドイツの内科医オスカル・ミンコフスキーとヨーゼフ・フォン・メーリングは、犬のすい臓を摘出する試験を行っていました。
ある日、すい臓を摘出された犬の尿にハエが群がっていることに気付き、その尿の成分を調べたところ、糖分が含まれていることがわかりました。
すい臓を摘出されたことで、その犬は糖尿病を発症していたのです。これが糖尿病とすい臓との関係を明らかするきっかけとなった最初の出来事となります。その後の研究で、すい臓の中に島のように浮かぶ小さな細胞である「ランゲルハンス島」と糖尿病が関係していることが分かってきました。
1921年カナダの外科医フレデリック・バンティングは、このランゲルハンス島から分泌されるインスリンの抽出を試みようと、トロント大学のジェームズ・マクラウド教授および医学生のチャールズ ベストと共にさまざまな試験を行いました。そして試行錯誤の結果、犬のすい臓からインスリンを抽出することに成功しました。糖尿病の治療法を画期的に進歩させた歴史的な瞬間です。
1922年には、当時14歳であった1型糖尿病の患者のレオナルド・トンプソンに世界で初めてインスリン投与が行われ、結果、血糖値は劇的に改善され大成功をおさめました。インスリンの効果は絶大で、かつて治療法がなく「死の病」として恐れられていた糖尿病は、インスリン投与によって「コントロールできる病気」へと劇的な変化をもたらしたのです。
実は、当初のインスリン製剤は牛や豚などの動物のすい臓から抽出したもので、注射部位が赤く腫れるなどの副作用も多くありました。その後、インスリンの結晶化や作用時間を長くするための製剤の開発などが盛んに行われ、1979年、ついにヒトインスリンの遺伝子が解明され、翌1980年には、米国のジェネンテック社より遺伝子組み換え技術によるヒトインスリンの生産が開始されました。
現在のインスリン製剤は、ヒトインスリンが一般的であり、注射後に作用が発現する時間やその作用が持続する時間の違いによってさまざまな種類のインスリン製剤が開発され、個々の患者さんの病態や治療目的に合わせいろいろ選べるようになってきました。
このようにひとつの薬の効果が発見され、実際に薬として形になるまでに長い時間がかかり、たくさんの人の努力、試行錯誤の結果だということを知ると、病気にかかっても治療薬のある現代に生きている私たちは本当に幸運だと思いませんか?